宮沢賢治と『雨ニモ負ケズ』

文学

■宮沢賢治について
1896年(明治29年)に岩手県巻市の質屋の長男として生まれた
その地域では有名な商家であり裕福だった
詩人や童話作家、教師、科学者、農業研究家、宗教家としての顔がある

家の宗教としては浄土真宗
→中学卒業後は法華経の信者となり親とも不仲となる
→最愛の妹を若くして亡くしたり自身の病との闘いなど苦労は多かった

作中には法華経信仰に基づく壮大な人生観や宇宙観であったり、
自然を愛する思いヒューマニズムな面が垣間見える

長まろ
長まろ

作品の特徴としてオノマトペが有名です。例えば・・・

『注文の多い料理店』ごとんごとん👈木が風で揺れる音
『オツベルと象』グララアガ👈象の興奮した鳴き声
『雪渡り』キックキックトントン👈凍り付いた雪の上を歩いて踊る音

※オノマトペ・・・擬声語と擬態語

■『雨ニモ負ケズ』(現代語訳)

雨にも負けず
風にも負けず
雪にも夏の暑さにも負けぬ
丈夫な体を持ち
欲はなく
決していからず
いつも静かに笑っている
一日に玄米四合と
味噌と少しの野菜を食べ
あらゆることを
自分を勘定に入れずに
よく見聞きしわかり
そして忘れず
野原の松の林の陰の
小さなかやぶきの小屋にいて
東に病気の子供あれば
行って看病してやり
西に疲れた母あれば
行ってその稲の束を負い
南に死にそうな人あれば
行って怖がらなくてもいいと言い
北に喧嘩や訴訟があれば
つまらないからやめろと言い
日照りのときは涙を流し※
寒さの夏はオロオロ歩き
みんなにでくのぼうと呼ばれ
褒められもせず
苦にもされず
そういう者に
私はなりたい

~以下省略~

※「日照り」は原文だと「ヒドリ」
 ここでは通説のまま日照りで表記
長まろ
長まろ

原文はカタカナですが、ぱっと見読みづらいのでひらがなで記載してます。

※ちなみに放送でも言うの省きましたが、「~以下省略~」のところはお経が書かれてます。

作品は死後、遺品のトランクの中から見つかった手帳に記されていたのを発見
亡くなる2年ほど前、花巻の実家で闘病している間に書いたとされる
(当時病床に伏しており自らの死が近いことを覚悟しつつ記した)
手帳は全166ページ
→51ページ目から59ページ目にかけて書かれている

長まろ
長まろ

手帳自体は自省と自らの願望がつづられていたそうです

ここで書かれている人物像
・自分をきちんと律することができる
・他人に対して優しい&実際に行動に移せる
・挫折してもくじけず前に進むことができる
長まろ
長まろ

これらの人物像は法華経の精神に基づいて書かれています。

病床の中でも病に負けまいと前向きに考え、

他人を思いやる気持ちを持ち続けていたのでしょうね。。。

★音声はこちらから👇

長まろ
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宮沢賢治を網羅したいなら『宮沢賢治全集』ですかね。

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