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1941年12月8日
日本軍がハワイ真珠湾に停泊中のアメリカ太平洋戦艦を攻撃し、日米開戦となります。
これが太平洋戦争のはじまりとなります。
開戦のきっかけ
満州事変からの対中侵略に対し国際的にも反対されてきた日本だが
日中戦争による中国への本格的進出に対し
アメリカの反対、および日本に対する制裁を科す
⇒石油の禁輸、対日資産凍結
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当時日本はアメリカから全体の8割の石油を輸入していたので大打撃を受けることとなります
日本は対米開戦を意識しつつも
外交によって何とか決着をつけることを望むが
そんな日本に一切譲歩することなく無情にもアメリカは非情な要求を突きつける
ハルノート
アメリカ国務長官のコーデル・ハルが日本側に提案した外交文書
アメリカからの最後通牒とも言われる
このハルノートが実質の宣戦布告の見方もある
・中国とフランス領インドシナからの撤退
・蒋介石率いる国民政府を認める
・日独伊三国軍事同盟の破棄
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簡単に言えば満州事変前の状態に戻すことで、
日本としてはこれまでの犠牲、投資が全て無駄になることから
到底受け入れられる内容ではなかったのですね。
日本はハルノートの内容を受け入れられず対米戦を決意する
⇒12月1日の御前会議で決定
大本営より電文「新高山登レ一二〇八(にいたかやまのぼれ ひとふたまるはち)」
これによりハワイに向かっていた部隊が奇襲攻撃の準備
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既に対米開戦は決意していたため、ハルノートの内容に関わらずハワイ攻撃の準備は進めていました。そのため開戦決定からたった1週間で攻撃ができたんですね。
山本五十六の思惑
戦争にあたって海軍同士の戦いがキーとなる
アメリカは遠いので、日本近海まで少しずつ攻撃をして弱らせ
日本に近づいたところで主力で一気に叩く作戦を考案
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これは日露戦争時の栄光がずっと海軍の中にあったとも言われています(対バルティック艦隊)
しかし日露戦争は1904年、真珠湾は1941年
40年近く前の戦法が通用するわけがないと山本五十六が意義を唱えた
山本 五十六(やまもと いそろく、1884年〈明治17年〉4月4日 – 1943年〈昭和18年〉4月18日)は、日本の海軍軍人。最終階級は元帥海軍大将。第26、27代連合艦隊司令長官。海軍兵学校32期生。前線視察の際、ブーゲンビル島の上空で戦死(海軍甲事件)。旧姓は高野。栄典は正三位大勲位功一級。皇族・華族ではない平民が国葬にされた初の人物でもある。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E6%9C%AC%E4%BA%94%E5%8D%81%E5%85%AD
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やってみせ 言って聞かせて させてみて ほめてやらねば 人は動かじ
この有名な名言も山本五十六の格言です。
これからの戦争は総力戦による消耗戦となる
日本とアメリカの国力差を考えれば総力戦では勝ち目がない
日本は短期決戦即講和を狙う
アメリカに大きな一撃を与えることによって有利な講和を引き出す
真珠湾が太平洋におけるアメリカ最大の基地であり、
真珠湾の軍港機能を完全に停止させることができれば
アメリカが戦争継続することが難しくなる
アメリカ国民も戦争反対の世論が強まる
真珠湾攻撃の経緯
宣戦布告のトラブル
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真珠湾と言えば宣戦布告ミスが有名な話です
昭和天皇は絶対に宣戦布告するようにと東条英機首相に命令
東条英機から駐米大使に電報が届けられる
しかし駐米大使からハル国務長官に渡ったのは開戦から1時間後となった
これに関して様々な説があるが真実は謎に包まれている
- 秘密保持のためタイピスト禁止
修正する場合は初めから書き直しで時間がかかった - 長文のため分割して電報を送ったが、一部が大幅に遅れて届いたとのこと(約15時間遅れた)
これは陸軍参謀本部の作戦とも言われている(確実に奇襲するため) - 実はアメリカは奇襲攻撃があることを既に暗号解読していた
世論を戦争へ向けることでドイツとの開戦がしたかったとも言われる
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陰謀論や憶測が大半な気はしますが、事実として「宣戦布告なしに攻撃した」ことは揺るぎのないことです。
開戦を告げる「トラトラトラ」
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「トラトラトラ」⇒「我奇襲に成功セリ」という意味です
攻撃が成功した意味ではなく、奇襲で攻撃可能を示している
12月8日3時22分(ハワイ時間前日7時52分)のこと
これにより航空機による爆撃が開始
急降下爆撃、魚雷、地上銃撃による基地、戦艦の破壊
アメリカ側は完全に虚を突かれた感じになり
全てが後手後手に回り一方的にやられることとなる
戦争の結果
攻撃は大きく2回行われた
1回目はアメリカ側の反撃体制が全く整っておらず
2回目はアメリカが体勢を立て直したため
総じて2回目の攻撃で日本軍の被害が多くなった(主に対空砲火によるもの)
【日本軍の被害】 1回目攻撃・・・21名戦死、航空機 9機損失 2回目攻撃・・・34名戦死、航空機 20機損失
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倍くらい被害が違うね
【アメリカ側の被害】 戦死・・・2334名 負傷者・・・1143名 航空機損失・・・347機 戦艦・・・4隻沈没、3隻損傷 その他の船・・・10隻程度沈没・損傷 民間人・・・68名死亡
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戦闘の模様は少し古いですが映画「パールハーバー」を見ると良いかと思います。
少し過剰演出もありますが・・・
そこはアメリカ目線の映画なのでと言うことで(笑)
まとめ
結果的にアメリカは空母が全て港から出ていたため空母の被害を受けず
また、太平洋艦隊の基地としての機能停止までの被害にもならなかった
日本はさらに追い打ちをかけることもできたが、
味方の被害を抑えるために攻撃をやめ撤退していた
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司令官であった南雲忠一は味方の被害拡大を避けたんですね。
山本五十六の想定とは違った判断ではあったのですが、
これは山本の考えが現場レベルにまで浸透していなかったのだと言われています。
山本は空母と引き換えにしてでも真珠湾の港湾機能の停止を望んでいたんですね。
真珠湾攻撃の翌日、米大統領ルーズベルトの「アメリカ合衆国にとって恥辱の日」演説が行われる
結果的にアメリカ国民の戦争への支持を得ることとなる
真珠湾攻撃による日米開戦により太平洋戦争が開始されてしまった
これにより日本はおびただしい数の犠牲が出てしまう
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まぁ戦争は良くないよね。
とは言えみんな良くないって思ってるけど、戦争が起こってしまうわけで・・・
もういい加減に人類は武力による解決は全く解決にならないことを学ぶべきですね。