おが太郎
心は求め続けるもの、渇き続けるもの
柴五郎 生没年:万延元年5月3日 〜 昭和20年12月13日(1860年6月21日 〜 1945年12月13日) 出身地:福島県 職業・身分:陸軍軍人 1860年に会津藩士の子として生まれ、戊辰戦争で肉親を亡くすなど幼少期から波乱の人生を歩んできた。指揮官としての能力が高く、会津出身ではあったが異例中の異例で最終的に陸軍大将まで出世した。
長まろ
幼いころに会津戦争に巻き込まれ、肉親を亡くす波乱の幕開けでしたが、
最終的には陸軍大将にまで出世した柴五郎についての話です。
特に義和団事件では世界が称賛する活躍を見せます!!
また、1860年生まれで、1945年に亡くなっているので、ちょうど大人の近代史が扱う時代を正に生きた人物でもあります!
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父は会津藩士。兄は『佳人之奇遇』の著者柴四朗(東海散士)。青森県庁給仕を経て、陸軍士官学校卒業。明治12(1879)年砲兵少尉に任官。17年中尉に進級後、21年まで清国に駐在し、調査活動などに従事。28年日清戦争出征。33年清国公使館付武官となり、義和団事件で北京籠城戦を指揮、功績を称えられた。37年日露戦争に出征。大正8(1919)年大将、台湾軍司令官。10年軍事参議官。昭和5(1930)年退役。20年自決未遂の後、病死した。
https://www.ndl.go.jp/portrait/datas/275/
長まろ
当時薩長派閥が強い中、戊辰戦争で敵方として戦った会津藩出身というだけで差別はあったと思います。しかしそんな差別にも負けずに陸軍大将にまで上り詰めたのは才能と努力両方がそろっていたからでしょう。
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